心の目

錯視

辻井伸行さんのコンサートに行かれた方が、どうして辻井さんの演奏はあれほど感動するのか、とおっしゃっていました。涙があふれたというお話もよく聞きます。

以前、辻井さんのお母様のいつ子さんのお話のなかで、「花は視覚的なものだけで見るのではない」という考えから、美術館の展覧会にも、伸行さんが子供のころから二人で出かけ、たくさん説明された、というエピソードがありました。そんなお母様のもと、伸行さんはいろんなものを「心の目」で見るようになったそうです。

「心の目」で感じ、演奏された音楽を聴くと、聴いた側も、「心の耳」で聴くのかな、と思ったことがあります。私はそれを、だまし絵の「錯視」のような感じだと思っています。たとえば、写真の棒、どちらが長いでしょうか。答えは簡単、どちらも同じ長さです。脳は視覚でだまされる・・。辻井さんの音楽は「錯視のない音楽」のような気がします。もっとも私は科学者ではないので、あくまで素人の個人的な感想ですが、音楽というのは、耳で聞いているのですが、心で聴いている気がするのです。